三世代家族のブログ

三世代で同居している、じいちゃん、ばあちゃん、パパ、ママ、孫たち、みんなで投稿します☆★

ばあちゃん(さっちゃん) 思い出話し

保育園の思い出 末娘の話

投稿日:2019年9月19日 更新日:

 主人と私と子どもたち・・・家族5人で日本に帰国したのは、長女が小学5年生、長男が3年生、末娘が保育園に行く年だった。長女と長男は帰国子女学級がある小学校に一緒に通うことができたが、末娘は近くの保育園に行くことになった。「日本に帰るよ」と言った時、末娘と兄は無邪気に手放しで喜んだ。ただ10歳の姉だけが、「だけど、学校が、、、」と、驚き緊張した顔をしていた。

 幼い末娘の試練は、保育園に行くようになってから始まった。それまで、日本語は両親の言葉で子どもたちの言葉は英語だったので、末娘には時々保育園の先生の言葉がわからない。自分の言いたいことを先生にはわかってもらえないという気持ちになったのだろう。‘I don’t know’  ‘No! No!’ と娘が首を傾げて肩をすくめ、先生も同じ格好で向き合っていた。

 保育園では、楽しい行事を次々に企画してくださり、嬉しそうに笑っている写真もたくさん撮ってくださったが、毎朝保育園に行く時には、「いやだ、ウガンダに帰りたい」と言って泣き続けた。通園の日は必ず毎回繰り返しては泣いていた。保育園に通い始めたのは7月からで、翌年の3月初めまで続いた。ついに、ストレスが溜まってか、お別れ発表会の前夜には熱を出してしまい、夜中に病院に駆け込む状態にまでになってしまった。どうしたら、保育園に馴染んでくれるのかと、母親の私も途方にくれた。

 ところが、夜中の病院から帰って病気が快復し、再び通園し始めたときから、「ウガンダに帰りたい」とは一切言わなくなったのだ。それから卒園式までの2週間、末娘は泣かずに通園することが出来た。そして、卒業式の日、末娘は「私の将来の夢は、あけぼの保育園の先生になることです」と、堂々と大きな声で発表していた。保育園の理事長先生は、卒業式の最後のお祝いの言葉で「さっき、誰かが保育園の先生になりたいと言っていましたね。それも、あけぼの保育園の先生になりたいそうですね。皆さんもあけぼの保育園を忘れないで、元気に大きくなってください」と、メッセージをくださった。末娘は、あけぼの保育園の先生にはならなかったが、保育士になっていることを報告したい。

最後に、、、

今、同居の孫が毎朝「幼稚園に行きたくない。ママがいい」と言っては泣いているので、こんな昔話を思い出しました。

頑張れ、家族みんな^^  必ず乗り越えられるよ^^

-ばあちゃん(さっちゃん), 思い出話し

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