三世代家族のブログ

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じいちゃん(ジョナサン) 家族

私の父母 その① 母について

投稿日:2019年7月28日 更新日:

私の母は山口県長門市人丸の生まれ、大正の終わりに生まれた。6人兄弟姉妹の長女であり第一子として生まれた。それ故にちょっと姉御肌である。小さい頃から読書が好きで、時間さえあれば本の沢山ある親戚の家に行って本をいつも読む文学少女だった。現代で言えば芦田愛菜ちゃんのような本好きな子だった。

母は阿川八幡宮の宮司の仲人で下関市豊北町阿川に嫁いで父と結婚した。当時は自動車も殆ど無いので汽車で人丸から4っ目の駅の阿川まで来て、それから山を越えて嫁ぎ先に向かった。山の頂から眼下に見える家はもう夕暮れになって電光が灯っていた。文学少女の彼女は本で読んだ通りのおとぎの国へ来たようで、嬉しさのあまり胸のときめきを抑えることが出来なかった。乙女はこれから味わう苦労など夢にも想像できなかった。

嫁ぎ先は義理の父母と9人兄弟の義理の弟、妹の大家族であった。しかも士族の家だから封建的で色々と経験したことのない式たりがあった。義理の父母に仕え、まだ未婚の義理の弟妹の面倒を見、しかも広い田んぼがあった。嫁に来た母は主要な働き手であった。そんな中で慰めは義理の父がとても信頼してくれた事と、父の妹がカリエスの病気を患って、動けるけど結婚しなかったがこの父の妹が料理がとても上手で主に料理の方を担当して助けてくれた。

義理の妹、弟たちが就職で家を出たり結婚したりして徐々に出て行く代わりに、今度は4人の子供が生まれた。私がまだ小学校に上がらない幼い頃は9人家族の大家族だった。結婚式の引出物でも、誰かのお土産でも、スイカでも何でも9等分して分けて食べた。

私は4人兄弟で上に2人の兄と妹が1人いて、私は三男として生まれた。父が学校の先生をやっている時産まれたのが私だ。当時私が母のお腹にいる時、母は病気を患っていて、私は兄や妹と違って生まれた時から病弱だった。父母は私が小学3年生の時、病弱な私に思いっきり牛乳を飲ませたいと言う動機から一頭の乳牛を副業として飼う様になった。

母は人に物を与えることに人生の喜びを感じる人で、訪問客があった場合、家で生産したものを惜しみなく与えた。又、人の世話をする事がとても好きで身の上相談に親戚はもちろんのこと、身内以外も相談にやってきた。

私が16歳の時から教会に通い始めてからも、父母は教会の教えを学び理解して全面的に応援してくれた事に感謝している。

-じいちゃん(ジョナサン), 家族

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