三世代家族のブログ

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お金(家計・節約・貯蓄・投資) じいちゃん(ジョナサン)

経済的自立 ー私の場合

投稿日:2019年8月20日 更新日:

私は小学3年生の頃から経済の自立の真似事の様な事を行っていた。私が2~3才の頃麻疹(はしか)と言う病気を患って死にかけていた。しかし阿川駅の近くに中島先生と言うお医者さんが必死に治療して下さったお陰で一命をとどめた。又カリエスと言う病気で結婚をしなかった直子叔母さんがいて、その叔母さんが自分の命に替えてでもこの子の命を救ってくださいと神様に祈ってくれたお陰で生き永らえた。小さいながらも、そのお医者さんに「僕も大きくなったらお医者さんに成る」とよく言ってたと言う。

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1950年代の幼少の頃、囲炉裏(いろり)を囲んで、右から母、祖父、私。

そんな訳で、兄妹の中でも私は病弱であった。そんな中で両親は乳牛を飼えば子供達に思いっきり牛乳をのます事が出来ると一頭の乳牛を親戚の家から買って来た。米農家の我が家は副業として酪農もする様になった。酪農家の朝は早い、早朝4時には起床して搾乳をして5時迄には集荷場迄持っていかなくては成らなかった。私も両親と一緒に起きて手伝いをした。その代わり好きなだけ牛乳が飲めた。

自転車に乗る事も覚え、成長するに連れて搾乳する事も集荷場に乳缶を運ぶ事も積極的に手伝った。そんな孝行息子に両親はご褒美をくれる様になった。それは搾りたての牛乳を殺菌のため一度沸騰させ一合瓶或は二合瓶に詰めて学校へ行く前に配達すればその売り上げを私のおこずかいにしてもいいと言うものであった。私は嬉しくて小学生の頃からお客様を開拓して通っている学校の先生方を含め15名の毎日飲んでくれる固定客を持った。そして月末には集金してそれは全部私のこずかいになった、商売の真似事である。学校の勉強よりも面白かった。

両親の計らいで、中学生ぐらいに成ると事業を拡大して農協に出荷する野菜も売り上げは全て私の貯金としてくれた。農協に行って私名義の口座を作り、セリで売れた野菜も全て私の口座に入っていった。私も必死で野菜の手入れや収穫をして牛乳の配達とともに、野菜の出荷もして自転車の後ろも前も一杯だった。それから学校に行った。何時の間にか自分の必要経費は全てその貯金から賄える様になっていた。勿論それは自分だけがやったものではなく殆どは両親がやったものであるが、少し手伝っただけなのに結果を全て私がした様にしてくれた親の配慮だった。

そんな縁もあってか、私は北海道江別市に在る酪農学園大学に親の願いも有って進学した。
ここはミッションスクールでキリスト教精神で農家の師弟を育てようと言うものだった。「キリストに有って青年よ大志をいだけ」と言う言葉を残して札幌を後にした札幌農学校のクラーク博士の精神を受け継いだ学校の様で有った。

後に再臨主に出会ってやがて海外宣教師となった時も経済的自立と言うのは、海外に行っても変わらなかった。一日の半分は宣教を支えるために経済活動をして、もう半分の時間は伝道活動に専念した。それが文鮮明先生の教えでも有った。文鮮明先生の自叙伝

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「平和を愛する世界人として」の中に
『私は宣教師を外国に送り出しながらも、多くのものを与えませんでした。それでも私達の宣教師は何処に行っても上手に生きていきます。ごく基本的な生活用品だけが必要です。寝袋一つあれば、十分生きて行く事が出来ます。大切な事は何を持っているかではなく、どの様に生きるかです』(p336)正にその言葉どうり私達の宣教師は現地に行って経済的基盤、人的基盤を築いて行った。

日本へ帰国後も献身者として教会の公職者としての道も有ったが、経済的自立を成したかった為公職者の道は選ばずに自立の道を選んだ。勿論生涯伝道者で有りたいと思います。


-お金(家計・節約・貯蓄・投資), じいちゃん(ジョナサン)

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