三世代家族のブログ

三世代で同居している、じいちゃん、ばあちゃん、パパ、ママ、孫たち、みんなで投稿します☆★

じいちゃん(ジョナサン) 海外

西洋と東洋の架け橋➖ロシア🇷🇺

投稿日:

普通ロシアというと西洋的なイメージが大きいが実際ロシアに行ってみると西洋とはまた違った東洋的香りも漂う国でした。アジアとヨーロッパにまたがる世界一大きな国、その国の様子を見たこと聞いたこと感じた事を書いてみましょう。

ロシアに入って一番懐かしく思ったのは市場でザクロを見つけた時の事でした。日本から遠く離れた彼方で小さな日本を見つけた、本当にザクロが愛おしくありました。日本で見られる物がここロシアでもあちこちで見られるのです。また先生の自宅に招待されて行った時の事ですが、日本と同じ様に靴を脱いで上がった事です。ここにも東洋の香りがしましたね。でも彼らはパンやソーセージ,肉が大好きです、これを見るとやはり西洋に属するのかなと思いました。

この国はとっても芸術の盛んな国で人々がピアノが弾けるのはごく普通で、だいたいどの家庭にもピアノがありました。そしてピアノを聞かせてと頼むと有名なクラッシク音楽を次々に奏でてくれました。その他にもクラッシクバレーや絵画などもとても盛んでした。又スポーツもとても盛んであちこちに柔道の道場を見つけました。あちらの人は日本人の私をみると黒帯の段を持っていると思い尊敬の眼差しでこちらを見るのです。

私達がロシアに入った目的は文鮮明師が1990年4月に当時ソ連のゴルバチョフ大統領とクレムリンで逢われ、今すぐこの地に「宗教の自由」を許可して下さい,神なしの物質世界だけを改革しようとすれば、ペロストロイカは失敗します,これこそが国を救う道ですと提案され、そして新しい国造りのため宗教、倫理,道徳など教育の分野でお手伝いする事でした。全国の優秀な先生を国や学校の推薦で集めてもらい宗教セミナーを全国各地で開催する事でした。セミナーは講義あり、デスカッションあり、ダンスあり、映画あり、内容に富んだプログラムに成っていました。新しい政府は今まで共産党員しか利用する事が出来なかったセニトーリアムという保養地(映画館もプールも医療施設も食堂も何でも揃ってる)を提供してくれました。今まで共産主義しか教える事も学ぶ事も禁じられていた先生や学生にとって驚きの連続でした。又学校の倫理,道徳の教科書を作成しそれらの先生の養成という事も担っていました。新しい時代の槌音の様なものでした。

ロシアに来てみて色々問題点も見えて来ました。それは先ず家庭、ここの国には親子の同居という伝統はなく、結婚すれば皆別々のアパートなり、家に住むということ。その為さみしい老人をあちこち見かけました。東洋の様に三世代同居してお年寄りの面倒を見る事は先ずないのです。又この国は離婚率がとても高いし、同性愛もはびこっていました。家庭という最小の社会の単位での絆が軽視されているような気がしました。家庭での教育がおろそかにされ保育園での集団教育任せ、老人も国任せと成っていたのではないでしょうか。

-じいちゃん(ジョナサン), 海外

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

日曜礼拝と男子会

16才の高校一年生の終わり頃から家庭連合の教会に日曜毎通い始めて、もうかれこれ53年になる。下関教会に2年、北海道の札幌教会に5年、旭川教会に2年、シンガポール教会に5年、香港教会に3年、アフリカのウ …

女の子おばけ❤️

女の子のおばけは怖いけど優しいよ。 足が4本、めめが1つだよ。 可愛いおばけが好き❤️ 孫娘4才6か月 ↑ 応援クリック、いつもありがとうございます♪

月間目標の立て方

経済活動をする場合、必ず月の目標を明確にする。 結果が全ての世界、一生懸命やった、努力しただけではダメ。 (例)月目標200にプラスアルファして220を達成目標にする。 (例)220(月目標)÷25( …

経済的自立 ー私の場合

私は小学3年生の頃から経済の自立の真似事の様な事を行っていた。私が2~3才の頃麻疹(はしか)と言う病気を患って死にかけていた。しかし阿川駅の近くに中島先生と言うお医者さんが必死に治療して下さったお陰で …

本物の牛乳

夜牛乳を一杯飲んだ。 子供の頃、家で飲んでいた本物の牛乳を思い出した。 我が家は普通のお米や野菜を作る農家だったが、副業で乳牛も飼ってた。 お陰で毎日絞り立ての本物の牛乳を飲んでいた。 我が家の牛乳は …

 

  • 55現在の記事:
  • 17446総訪問者数:
  • 69今日の訪問者数:
  • 365昨日の訪問者数:
  • 243一日あたりの訪問者数:
  • 0現在オンライン中の人数: