三世代家族のブログ

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ばあちゃん(さっちゃん) 思い出話し

One Family Under God~1983年7月21日 エンテベ国際空港から首都カンパラへ

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 ウガンダのエンテベ国際空港に着いた。空港周辺は温暖な気候だった。赤道直下の国ではあるが、東アフリカ高原に位置しているため、日射しは強いもののそんなに暑くはない。空気は湿気がなく、からりとしていて気持ちよい。すっかり観光気分になった。というのは、以前私たちが住んでいた香港は、過密都市であったし、とりわけ旧・香港国際空港の啓徳空港は「世界一着陸が難しい空港」として有名だった。香港アプローチとか、香港カーブと言われたようにパイロットにとっては相当な技量を要求される空港だったし、もちろん乗客もそれなりに緊張した。そのうえ、5分ごとに離陸する飛行機と着陸する飛行機が行き交うような空港近くに住んでいたわけだから、エンテベ空港でのんびりした雰囲気に酔いしれたのは察していただけるだろう。

 さて、エンテベ空港には有能な技術者でもあるドイツ人の宣教師がフォルスワーゲンの車に乗って、ウガンダの姉妹と一緒に迎えに来てくれていた。この宣教師は会社を設立し、事務所も構えてウガンダの姉妹を雇っていた。教会活動に熱心に取り組み、すでに10人ほどの兄弟姉妹と一緒に教会生活をしていた。NGOの活動にも熱心で、私たちを国際救援友好協会の現地職員として招聘した。

 エンテベ空港から首都カンパラへの道は、広くて真っ直ぐだった。約1時間の道のりだが、次第にウガンダの国情が身に迫ってきた。真っ直ぐの道は、軍用道路ではないか!兵士が所々に立っていて、カンパラに着くまでに、3回くらい検問を受けたと思う。でも、日本にいる時には、「ウガンダでは100メートル毎に兵士が立っていて、検問されるよ。」と聞いていたから、「それほどでもないね」とも思った・・・。自動車が走ったあとには、砂埃というか土埃というか茶色の埃が舞い上っていた。国の幹線道路ではあったが、舗装道路ではなかったからだ。舞い上がる土埃で道路の脇は埃まみれだったが、その先に、美しいピンク色の南国の花ブーゲンビリアが至る所に咲いているのがかすかに見えた。

*上の写真は 南国の花ブーゲンビリア(ウガンダでの撮影ではありません)*

-ばあちゃん(さっちゃん), 思い出話し

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